かけ流しを、独り占めする旅。

「お部屋の温泉、少し熱いかもしれません。水で好きな温度にしてくださいね」

チェックインのとき、フロントで言われたひとことで、私のテンションは一気に上がった。

熱い。それはつまり、源泉がそのまま来ているということだ。加水されていれば適温に調整できる。タンクに溜めて自然に冷ますなら、最初から熱すぎることはない。熱いまま届くのは、源泉がそのまま、今この瞬間も湧き出て、流れてきている証拠だ。

この先に、ホンモノのお湯が待っている。

そう確信して、私は部屋へ向かった。

目次

この湯について

温泉は、湯の色が一定ではない。季節や天候によって、その表情は変わる。

笹色、茶褐色、緑茶のような色——遠刈田温泉はそう表現されることが多いが、私が滞在した日の湯は、薄い茶褐色だった。光が当たると、べっ甲のような明るい色に変わる。同じ宿に泊まっても、同じ色とは限らない。それもまた、生きた湯である証拠だ。

においは、ほのかな鉱物臭と、膏薬のような香りが混じり合っている。きつくはない。でも確かに、ここが温泉であることを鼻が知っている。肌に触れると、やわらかく、なめらか。弱アルカリ性の湯は、肌をやさしく包み込み、するりと馴染んでくる。

湯口の温度は、48度前後。後で温泉分析書を確認したら、源泉温度49.4度、使用場所での温度48.4度とあった。源泉が湧き出た瞬間から湯口まで、わずか1度しか下がっていない。3月の外気温の中で、これはただごとではない数字だ。
熱い湯をやわらげたいときは、浴槽の脇に置かれた湯かき棒でかき混ぜる。外気に触れた表面の湯と底の湯を混ぜるだけで、体感温度はやわらぐ。もちろん、ゆっくりぬる湯に浸かりたい日は、加水すればいい。その自由があることも、部屋付き露天風呂の贅沢のひとつだ。

温泉分析書によると、pH7.8。炭酸水素イオンが毛穴を拡張し、塩化物イオンが肌をコーティングしてくれる成分構成だ。よく温まり、冷めにくい湯である。

実際、2回入っただけで、乾燥で荒れていた肌のキメが整うのを実感した。

遠刈田の湯は、足腰や神経痛に良いとされている。ただし、それを実感するには3日以上の湯治が必要だ。1泊2日では、その入口に立てるだけ。それでも、この湯に何度も通いたいと思わせる力が、確かにある。

部屋と動線——見えてきたこと

玄関から客室へ向かう途中には、数段の階段がある。段差は非常に緩やかで、幅も広い。足腰に多少の不安がある程度であれば、比較的利用しやすい印象だった。一方で、完全に車椅子を使用している場合は、この階段がネックになる。昇降機の設置はない。フリードリンクコーナーも玄関付近にあり、階段なしではアクセスできない。これは事実として記しておく。

客室の扉を開けると、まっすぐに広い廊下が伸びていた。フローリングの床、幅は2メートル近い。ちょっとした広場、と表現したくなるほどの空間だ。手摺も完備されている。車椅子と介助者が並んでも、壁を気にせず動ける広さ。歩行に不安がある人なら、手摺を使って行き来するだけで、軽い歩行トレーニングにもなる。小さな子どもなら、そのまま遊び場になる。設計者がどこまで意図したかはわからないが、この廊下には、いろんな人の動作を受け止める余白がある。ただの廊下ではない、と感じた。

右手に10畳2室の続き間。片方には布団、もう片方にはテーブルと、ゆったりと腰掛けられる高さの座椅子。そして廊下の突き当たりに洗面、その右奥にトイレ。左側には脱衣所と露天風呂。客室の入口から風呂まで、動線が一本で完結している。

段差があること自体よりも、その素材・形状・高さ・滑りにくさ、手をつける場所があるかどうか——そういった細部が、使いやすさを左右する。お風呂という空間に、段差や跨ぎがまったくないことは現実的ではない。だからこそ、細部に目が向く。

その「動きやすさ」は、身体的な事情を抱える人にとって、単なる快適さではなく、旅ができるかどうかの分岐点になる。

一緒に行った、ふたりのこと

今回の旅に、両親を連れて行った。

アラ傘の、父と母。どちらも介助は不要で、それぞれ自分で運転もする。ただ、長距離の運転や旅行となると、娘夫婦の車に乗ることが多くなった。元気といえば元気、でも以前とは少し違う——そういう年齢になってきた、ということだ。

母には、ストーマがある。装着してまだ半年。温泉に行くこと自体は可能だが、入浴前後に、パウチの処理をする時間と場所が必要になった。特別なことをしているわけではない。服を脱ぎ、処理をして、また着る。ただそれだけのことに、時間がかかり、空間が要る。

大浴場では、それが難しい。狭い脱衣所、椅子がない、他の人の目——気になることが重なると、それだけで疲れる。温泉に来たのに、入る前から消耗してしまう。

部屋に温泉があるということは、その消耗が、まるごとなくなるということだった。脱衣所は広く、時間を気にする必要もない。自分のペースで、自分だけの空間で、準備ができる。「気兼ねなくできる」というのは、快適さの話ではなく、その場にいられるかどうかの話だ。

父は、膝や腰に痛みが出ることがある。それでも歩けるし、自立した生活を送っている。ただ、濡れた床、段差、手をつく場所がない空間——そういうところで、ふと不安になる瞬間がある。この宿では、そういう場面が少なかった、と言っていた。

ふたりとも、温泉を楽しんでいた。それが、一番の答えだと思った。

プライベート温泉が「必要」な人がいる

一般的な温浴施設の大浴場に、ストーマを持つ人の姿はほとんどない。車椅子の人も、見かけることは少ない。足腰が不自由な人も、然り。では、そういう人たちが温泉を好まないのかといえば——そうではない。

遠慮がある。諦めがある。そして、「面倒だ」と感じさせてしまう現実がある。

ストーマ装具を正しく装着し、しっかり固定していれば、排泄物が漏れることはない。本来は公衆浴場でも入浴可能だ。厚生労働省も、入浴着やストーマ装具を着用した方への理解と、入浴を拒否しないよう事業者に理解・協力を求めている。

それでも現実には、温浴施設で入浴を断られるケースが、残念ながら存在する。衛生上の理由ではなく、周囲の理解不足や誤解によるものだ。正しい知識があれば防げる拒絶が、今も起きている。

その闇の存在を知ったとき、「プライベートな湯」の意味が、また変わって見えた。

他人の目がない。時間を気にしなくていい。断られる心配もない。自分のペースで、自分だけの段取りで動ける。それは健常者にとっての贅沢と、見た目は同じでも、意味がまったく違う。必要としている人にとって、プライベートな湯は贅沢品ではなく、安心して湯に浸かるための、ただの条件だ。

必要としている人が、確かにいる。そしてその人たちは、声を上げることも少ない。だから見えにくい。でも、いる。

今回の旅で、私はそれを改めて実感した。母のパウチ処理が終わって、湯に浸かって、「気持ちいいね」と言った顔を見て、そう思った。

おわりに

「かけ流しを、独り占めする」という体験に、たどり着ける人は、思っているより多いはずだ。

客室露天風呂付きの宿は、全国に数多ある。価格帯もさまざまだ。泉質にこだわるなら、小さな共同浴場の方が好ましいという考え方もある。私自身、どちらかといえばそういう人間だった。

でも今回の旅で、考えが少し変わった。

プライベートな湯が「あると助かる」人が、確かにいる。贅沢として選ぶのではなく、それがなければ旅に出られない、という人が。そういう人たちが、遠慮と諦めを手放して温泉に来られる場所が、もっと知られていい。

宮城蔵王・遠刈田温泉郷に、そういう宿がある。湯は本物だ。空間には余白がある。そこに行けば、「気持ちいいね」と言える人が、もう少し増えるかもしれない。

それで十分だと、私は思っている。

[施設情報]

宿名星灯りの宿まほろば
住所〒989-0916 宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉新地東裏山39-294
電話0224-34-1118
部屋タイプ大部屋 露天風呂付客室

掲載情報は20264月時点のものです。

こまこ|温泉湯治コンサルタント

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